2005年 07月 14日
自分の片割れ、そして自分探し |
今日はZepp Tokyoへ。 三上博史の『ヘドウィグ・アンド・ザ・アグリー・インチ』を観に行く。
映画もおもしろかったけど、舞台も迫力があって、おもしろかったです。 でもどっち、というとやっぱり映画のほうがおもしろかったかな(笑)
ヘドウィグは、性転換手術を受けたのだけど、手術した部分がわずか1インチのみ残ってしまったために、失敗に終わってしまった。 おかげで、女性にもなりきれず、男性にも戻れないからだになってい、自分が中途半端な存在だと、どこか心の中で感じてしまうように。 東ドイツからアメリカへ渡るも、結婚生活はうまくいかず、自分の片割れと信じた人からは、冷たい裏切りを受けてしまう。 それでも、なんとか前向きに頑張ろうとする、ヘドウィグの姿は、痛々しいくらいだ。
人はもとは、2人がひとつにつながっていたのだけれど、神の怒りに触れ、ゼウスに半分に切り裂かれてしまった、とヘドウィグは少年時代に母親から聞かされる。 それ以来、人は自分の片割れを探し続けている、と。
それから、ヘドウィグも自分の片割れを探すことになる。 そして、中途半端になってしまった自分は一体ナニモノなのか・・・、ということに同時に思い悩むことに。
自分がナニモノなのかわからなければ、片割れを探すことだって難しい。
片割れ探しは、結局自分探しでもあるわけです。
私も、果たしてこのままでいいのか。 一体自分は何を望んで何をしたいと思っているのか。 そもそも、私なんていても何か意味があるのか?
上演中、なぜかいろいろと考えすぎてしまって、あまり集中することができなかった。 せっかく音もよくて、迫力もあるすばらしい舞台だったのに。
何かから逃げたくて、考えたくなくて、結果、途中眠くなる・・・という逃避行モードに入ってしまいました。。。。(苦笑) こんなんじゃいけない、ってわかってるからこそ、なのかな。
どうしたら、自分を見定めて、自分の片割れを見つけることができるんでしょうね。
まずは自分探しから。 長い長い道のりになりそうです。
映画もおもしろかったけど、舞台も迫力があって、おもしろかったです。 でもどっち、というとやっぱり映画のほうがおもしろかったかな(笑)
ヘドウィグは、性転換手術を受けたのだけど、手術した部分がわずか1インチのみ残ってしまったために、失敗に終わってしまった。 おかげで、女性にもなりきれず、男性にも戻れないからだになってい、自分が中途半端な存在だと、どこか心の中で感じてしまうように。 東ドイツからアメリカへ渡るも、結婚生活はうまくいかず、自分の片割れと信じた人からは、冷たい裏切りを受けてしまう。 それでも、なんとか前向きに頑張ろうとする、ヘドウィグの姿は、痛々しいくらいだ。
人はもとは、2人がひとつにつながっていたのだけれど、神の怒りに触れ、ゼウスに半分に切り裂かれてしまった、とヘドウィグは少年時代に母親から聞かされる。 それ以来、人は自分の片割れを探し続けている、と。
それから、ヘドウィグも自分の片割れを探すことになる。 そして、中途半端になってしまった自分は一体ナニモノなのか・・・、ということに同時に思い悩むことに。
自分がナニモノなのかわからなければ、片割れを探すことだって難しい。
片割れ探しは、結局自分探しでもあるわけです。
私も、果たしてこのままでいいのか。 一体自分は何を望んで何をしたいと思っているのか。 そもそも、私なんていても何か意味があるのか?
上演中、なぜかいろいろと考えすぎてしまって、あまり集中することができなかった。 せっかく音もよくて、迫力もあるすばらしい舞台だったのに。
何かから逃げたくて、考えたくなくて、結果、途中眠くなる・・・という逃避行モードに入ってしまいました。。。。(苦笑) こんなんじゃいけない、ってわかってるからこそ、なのかな。
どうしたら、自分を見定めて、自分の片割れを見つけることができるんでしょうね。
まずは自分探しから。 長い長い道のりになりそうです。
by blueariel
| 2005-07-14 23:19
| lifestyle